かてもの

[一覧] 米沢藩の救荒植物

[写真] アカザ 〜 ソバ

[写真] ダイコン 〜 ワラビ

かてもの談話室 N F 米 沢 デジカメ山歩道

 東北地方では,宝暦,天明,天保の時代に大きな被害をもたらした飢饉がありました。
 この飢饉の対策として,米を蓄えたり,山野草を食べたりと様々な工夫を行って乗り切ろうとしています。
 米沢藩(上杉)では天明3年(1783)に『飯粮集』が執筆され,享和2年(1802)に『かてもの』が出版されました。
 どちらも領民のために当時知られていた救荒植物について解説したもので,食べて悪い植物も説明されています。
 救荒植物とは飢饉の非常食として食べるものを言いますが,大部分は現在の山菜図鑑に掲載されているものです。
 逆に言えば私たちが山菜として利用できるのは,先人が安全性につき身をもって試した成果と言えましょう。
「かてもの」は1575冊も印刷され,天保4年の大飢饉などで大いに役だったことが知られています。

 このページは両書に関する地元の方の研究成果に、それらの植物の写真を組み合わせて構成しています。  主に米沢生物愛好会会長の石栗正人先生と,米沢女子短期大学名誉教授の高垣順子先生の,詳しい研究を  参考にし,さらに他の方の成果も加えてます。  「飯粮集」も「かてもの」も植物画はなく同定するための記載も,ほとんどありません。  現在の植物名が書かれている内容から容易に同定できるものと,確かな同定できないものが有ります。  そのように同定できないので諸説あるものは、どちらも一覧表に加えました。  食べ方の欄は,もとの文の一部だけで,毒性や食い合わせなどの注意事項は省略しています。  写真は救荒植物の食用部分とは限りません。花や実が分かりやすく合成した写真もあります。  植物の新たな情報や写真が有れば改訂や追加を行ってゆきますので提供お願いします。  写真は厳密な確認もしていませんが新たな良い写真が撮れれば随時,更新しています。  今では外来植物が蔓延ったりして,なかな撮れないものがあるので参考として類似植物の写真も含めました。
「飯粮集」に関しては,一覧表のデータを作成された高橋(敬)さんの[いいどこでねっす]が、おすすめです。
 ご意見などは[かてもの談話室 ]に遠慮なく書いてください。関係する情報や写真も歓迎です。(M高橋)

【参考】 米沢の旧家に伝わる筆写された『かてもの』



※ 資料とリンク(略敬称) 飯粮集 かてもの 現代植物学考(石栗正人)
市立米沢図書館蔵書  かてもの  飯粮集
米澤藩刊行の救荒書 「かてもの」をたずねる(高垣順子)
論文『飯粮集』と『かてもの』(高垣順子)
かてもの (wikipedia)
かてもの(最上川を中心に環境を考えよう)
置賜地方の山菜(最上川を中心に環境を考えよう)

※ 季節的に見つからないなどで、写真が無い植物が次のように残っています。
 イタビカズラ  オニタビラコ
 クヌギの実  コオニタビラコ
 サワアザミ  セキショウ  スカシタゴボウ
 タウコギ  ダキバヒメアザミ  シオデ
 ハシリドコロ  ホウキギ
 ヤマゴボウ  ユウガギク  マコモ  ミヤママタタビ  モリアザミ